家に帰って手紙を書いていると、母が帰ってきた。公園で大澤さんに会ったことを伝える。「そう……」「でもね、もう少しギリギリまで赤ちゃんのことは考えさせて。お母さん……わがままな娘でごめんね」「美羽」ギュッと抱きしめてくれた。「女として産みたいのは、わかる。……お母さんと一緒に育てようか?」「いいの?」「うん。お父さんはなかなか許してはくれないだろうけど、お父さんを一緒に説得しよう」「ありがとう……お母さん」抱きしめ合って、涙を流した。もう、メソメソしていられない。お腹の子供のために、頑張らなきゃ。二日後、手紙を書き終えた。『紫藤様短い間でしたがお世話になりありがとうございました。私は自分の将来を考えて、子供は産まない決断をしました。このことは一生誰にも言わない秘密にします。仕事に励んで頑張ってください。さようなら』涙を流しながら封をした。ポストに投函する瞬間。もう、永遠に大くんに会えないのだと思うと、悲しくて逃げ出したかった。「大くん……」短い期間だったけど、見つけてくれて、愛してくれてありがとう。絶対に、スターになって幸せを世の中に届けてください。大くん笑顔、怒った顔、泣きそうな顔、リラックスした顔、キスした直後の照れた顔がフラッシュバックのように蘇った――。ストンと手紙はポストの底に落ちた。さようなら、大くん。その後、私が住んでいたアパートは引き払って実家で暮らしはじめた。新しい携帯にして真里奈に連絡を取り、しばらく実家にいることを伝える。『そうだったのね。心配したよ。でも、産む決意をしたんだね。安産を祈ってるから』大学は夏休み期間中を終える前に、休学手続きを取ることにした。母子手帳をもらって、私は生まれてくる名前を考えていたりしている。女の子かな。男の子かな。出産への不安はあるけれど、やっぱり、楽しみだ。早く、成長しないかな。会いたいな。母が私を妊娠中、こんな気持ちだったのだろうか?悲しい中でも、前向きに頑張ろうと思っていた。これから私は母を説得した。なかなか首を縦には振ってくれなかったけれど、最後には宿った命には罪がないと理解をしてくれ、実家で産んで育てることを許してくれたのだ。
*九月になり私は強い腹痛に襲われて実家の部屋の中でうずくまった。母は心配してすぐに救急車を呼んだ。運ばれて担当の医者がすぐに体の様子を見てくれる。お願い。私と大くんの大事な大事な赤ちゃんを助けてください。祈るような気持ちで検査を受けていた。医師は表情を明らかに曇らせた。嫌な予感がした。ざわざわして仕方がない。もしかしてお腹の中で無事に成長していないのだろうか。「……どうかしましたか?」「胎児の活動が停止しています」「……え? どういう意味ですか?」「残念ながら、流産したということになります」あまりにも残酷すぎる言葉が降ってきた。どうして、どうして。「信じられないです……!」声を張り上げて泣いたのは、はじめてだったかもしれない。赤ちゃんの心臓は……もう、動かなかった。出血が多く強い腹痛があったため手術をすることになり、私は緊急入院したのだ。母が付き添ってくれ、私は手術室へと向かった。手術はあっという間に終わり、気がつけば私はベッドの上で眠っていた。そっと瞳を開くと病室に母がいてくれた。お腹に手をあてる。もう、いないんだ……赤ちゃん。大くんの赤ちゃん……。母は私の手をギュッと強く握ってくれた。閉じている瞼から、涙がこぼれ落ちる。「あなたなら、乗り越えられる試練なのよ」「試練……」「美羽を強くしてくれるために、赤ちゃんは宿ったの」「怒らないの? 避妊に失敗してって」「いっぱい怒ったでしょう。二人が愛し合っていたのはわかっているから……もう、怒れない」すごく優しい表情で頭を撫でてくれる。母親の偉大さを知ってジーンとした。「今眠ってる間に夢を見たの」「夢?」「女の子だった。たんぽぽに囲まれて、可愛い顔した……大くんにそっくりの赤ちゃん」「そう」「にっこりしてたの。ママ、大好きって言っているような気がしたよ」母は黙って話を聞いてくれていた。
次の日も母はパートを休んで付き添ってくれた。退院手続きを終えて病院の自動ドアを出た。太陽の日差しが強くてまだまだ暑い日が続きそうだ。病院を出ると元気に伸びたたんぽぽがあった。しゃがんで摘む。「はな……」「ん?」「はなが……見守ってくれている気がするよ、お母さん」「そうね……」私はそのたんぽぽを押し花しおりにして、お守りのようにして持ち歩いた。大学を辞めてもいいと言ってくれたけれど、通う決意をして夏休みを終えると普通の大学生になった。実家から通うのはちょっと大変だけど、一人になる勇気はなかった。真里奈も今まで通り接してくれたし、私は勉強を頑張ろうと思う。両親にたくさん迷惑をかけてしまったから……恩返ししたい。私は何事もなかったかのように四年生の大学を卒業し、一般の学生と同じようにリクルートスーツを着て就職活動をした。将来何をしたいのかとか、夢がなかったけれど企業に入社してとにかく仕事に励みたいとの思いが強かった。そして私はフルーツ大手メーカーの甘藤に入社した。大くんは、月曜夜九時のドラマに出るらしい。……けど、見ない。世間の話題についていけなくても、見たくない。果物のように甘いだけじゃない、苦くて、辛い恋はもう思い出したくない。きっと……。もう、大くんと私の人生は交わることがないだろう。過去のことに執着したって、苦しくなるのは自分だし。大くんだって、結果、スターの階段を上がっていて、幸せになっている。好きな者同士が、一緒にいることだけが幸福じゃない。……と、言い聞かせながら私は自分の新しい人生を歩みはじめていた。
第二章 再会は最悪で最低「マンゴーって美味しいですよね。大好きなんでこの仕事の話を聞いてから、今日が楽しみで仕方がなかったんですよ」「そう言っていただけると嬉しいです。紫藤さんのコマーシャルを見てこの夏はマンゴーが食べたくなる人が多いのではないでしょうか?」「そうなるといいですね」会話している二人の姿を私は後ろから眺めながらついて行った。エレベーターに乗って打ち合わせ室まで向かう間、一気に過去が蘇り泣きそうになった。必死で忘れようとした過去なのにふつふつと記憶が沸き上がってくる。すごく、息苦しい。落ち着け、私……。打ち合わせ室について私と杉野マネージャーは大くんと向い合って話をはじめる。杉野マネージャーが説明を開始すると、大くんは真剣な表情に変わる。昔は大くんをじっと見つめていると、顔を上げて目が合うとニコッと笑ってくれた。『美羽。どうしたの? 俺のことがそんなに好きなんだ?』優しい声で問いかけてきて、ギュッと抱きしめてくれた。大人になった大くんは、魅力が増している。あの腕に抱きしめられたら、一気にキュンキュンして心臓麻痺を起こしてしまうかもしれない。世間の女性が憧れるのもうなずける。外見だけでなく番組に出て彼のキャラクターも前面に押し出されているので人気の要因なのかもしれない。「ここからすぐ近くのスタジオで十一時から十三時まで写真撮影を行います。終了後、車で移動しながら昼食を摂っていただき、十四時から海辺での撮影をさせていただきます。十七時からはスタジオでの動画撮影を行い、その日にすべて撮り終える予定ですが、海での撮影は翌日の朝、足りないカットを撮って終了です。ハードスケジュールになりますが、よろしくお願いします」「わかりました」「我社としても力を入れている商品ですので、紫藤様に期待しております」杉野マネージャーの仕事をしている姿は、さすがビジネスマンって感じで見習うところがいっぱいある。私もいずれやらなきゃいけないことなんだよね。「では、早速移動していただきます。お車を手配させて頂いておりますので」立ち上がった大くんは、私を見下ろす。ビクッとなって視線を逸らすと、何も言わずに歩み出した。何か言いたそうな感じがするのは、気のせいだろうか。
撮影する場所は、すごく近い距離なのに歩いて行かないなんて、どんだけVIPなんだ。スタジオにつくと、メイクをはじめる。何もしなくたってつるつるの肌なのにメイクをするとさらにキラキラとした感じになる。その間に私と杉野マネージャーは、カメラマンやスタッフと最終的な打ち合わせをした。メイク室の様子を見ながら私と杉野マネージャーは、ヒソヒソと話す。「芸能人のわりに、対応いいな」「え、はい。そうですね」「ま、これから急に気分が変わるかもしれないから気をつけて対応して行こうな」メイクが終わった。「では、紫藤大樹さん入ります」声を張り上げた杉野マネージャーの合図で、大くんが入ってきた。髪の毛をふわりとさせて、白いYシャツの中に水色のランニングを着てジーンズというラフな格好なのに、眩しいほどオーラが出ている。「よろしくお願いします」大くんが大きな声でしっかりと挨拶をする。「では早速セットペーパーの前に立っていただけますか?」カメラマンさんは、我社の要望通り撮影を進めてくれる。「杉野マネージャー、セットペーパーとはなんですか?」「バック紙のことだよ」「なるほど」言われた通り、大くんは白いセットペーパーの上に立つと目つきが変わった。真剣でスイッチが入ったようだ。パシャカシャと――。シャッターを切る音が響く。クールな表情をしたり、ニコッと笑ったり、優しい表情を浮かべたり、器用に顔を動かす。さすが、プロだ。商品を持って決めポーズ。スプーンですくって食べて笑顔。一コマずつ素晴らしい絵を残してくれる。大くんの仕事現場をこんなふうに間近で見れるなんて、激レアだろうな。全国のファンは羨ましがられるだろう。「はい、以上になります」カメラマンの声が響く。写真をチェックすると、どれを使ってもいい出来栄えだ。あっという間に仕事をこなす姿に、ただただ感心する。「すげぇ」杉野マネージャーは思わず声を漏らした。時計を見るとまだ十二時になっていなかった。一時間も、早く終わったのだ。「予定が狂うな……」困っている杉野マネージャーの元に、大くんが近づいてくる。「時間があるので早めに出発して、海辺でランチなんていかがでしょうか?」間近で見ると、汗一つかいてない。涼しい顔を浮かべている。「そうですね。少し休んでいただけますね」「一緒にランチ
話がまとまり車で海を目指す。途中でハンバーガーをテイクアウトした。大物女優さんがドラマ撮影後にスタッフを連れて呑みに行ってねぎらうとか、聞いたことがある。スタッフを大事にすることは、大切なことだと語っていた。到着したのは十三時。時間的に余裕があり、撮影準備しているスタッフを集めて彼が自らハンバーガーを配っている。一人一人に「お世話になります」と頭を下げている。「いやぁ、一流の人は礼儀正しいって言うけど、すごいな」杉野マネージャーは関心した口調だ。「ええ。今日だけじゃなく、紫藤はいつもああなんです」池村マネージャーさんが言った。いつも、なんだ。大くんは、昔もそうだった。よく気がついてすごく礼儀正しい人だったよね。杉野マネージャーにハンバーガーを渡し終えて大くんがこちらに視線を向けた。「どうぞ、美羽さん」「ありがとうございます……」「美味しく召し上がれ」遠くから見ているだけだと落ち着いていられるけど、近づいてくると心臓がバフバフする。皆にハンバーガーを配り終わった大くんは、特別なところに行くわけでもなくスタッフと一緒に砂浜に座ってハンバーガーを美味しそうに頬張る。カメラマンやメイクと話したりして場を和ませる。あの人は……間違いなくスターだと思った。私は、あんなにすごい人に愛されて、しかも子供を妊娠していたのだ。産みたかった。心から守りたいと思っていた。それは、芸能人だからとかじゃなく、心から愛した人の赤ちゃんだったから。ジャケットのポケットに入れた、はなのしおりをそっと撫でる。産んであげられなくて、ごめんね。私のお腹の居心地がきっと悪かったのだろう。何年経っても、お詫びの気持ちは消えない。申し訳なくて、いつも、いつも心の中で想っている。
撮影がはじまると、大くんはふたたびスイッチが入る。眼の色が変わるのだ。カラーコンタクトを入れていなくてもまるで赤にも青にも自在に変えられるような……そんな才能があるように感じた。何度もリッチマンゴープリンを食べてセリフを言う。「リッチな気分を味わいたい日に」とか「贅沢にマンゴーを入れました」とか。「甘さを二人で分け合おう」とか。うちの会社が考えたいかにもというセリフなのに大くんが言うと様になるから驚いてしまう。外国人モデルも撮影に協力してもらい、食べさせあったり。すごくセクシーな視線が絡み合うのを見ていると、私には刺激が強すぎる気がした。きっと、何度も食べてお腹いっぱいになっているはずなのに、嫌な顔をしないで頑張っている。一時間ほど撮影をして休憩に入る時は、さすがにお腹が苦しそうだった。「紫藤さんにお茶出してきて。ねぎらうのも仕事だからな」杉野マネージャーは、私を残して現場監督と打ち合わせに行ってしまう。椅子に座っている大くんの元へ行き、しゃがんだ私はおそるおそるお茶を差し出す。「お疲れ様です。疲れておりませんか?」ギロッと私を睨んだ。「疲れてるに、決まってんだろ」大くんはとひどく冷たい声で言った。しかも、私だけに聞こえるように。ショックすぎて強い頭痛に襲われる。めまいを起こしてしまいそうだった。震える手でお茶を渡そうとすると、お茶をこぼしてしまったのだ。タイミングよくかわしてくれたから、大くんにはかからなかったけど、かなり動揺してしまう。「も、申し訳ありませんっ!」「……ドジ」小さな声で言われる。もう、無理だ。このままここにいるなんて耐えられない。泣きそうになるのを必死で堪える。「本当に申し訳ありませんでした」何度も頭を下げるしかない。様子がおかしいことに気がついた杉野マネージャーが助けに来てくれた。「お茶をこぼしてしまいました」私は杉野マネージャーに事情を大くんが説明すると、一緒に頭を深く下げる。「お前、お茶くらいちゃんと渡せって。紫藤様大変に申し訳ありません」「いいえ。気にしていませんよ。初瀬さんも疲れてきたんじゃないですか? 無理はしないでくださいね」ニッコリと営業スマイルを向けてきた。二重人格だ。心の中でそんなことを思ったけど、まさか口には出せない。「本当にすみませんでした」「あまり、気に
海辺の撮影を終えると、スタジオでの動画撮影に入り、すべて終わったのは二十一時が過ぎた頃だった。思ったよりも早く終わることができて、次のマネージャーが一安心といった様子だ。私も、やっと大くんから解放される(仕事だけど)と思って、少しだけ心が軽くなった。「お疲れ様でございました。明日朝の海の撮影はやらない方向でおります」「そうですか。ありがとうございます」杉野マネージャーに対して大くんは、礼儀正しく話している。「では、那覇のホテルでゆっくり過ごせますね。お二人ともどちらのホテルなんですか?」にこやかに問いかけてきた。「同じホテルなんです」「まさか、ツイン?」「さすがにシングルですよ」次のマネージャーはすごく楽しそうに笑い出した。「お二人がすごく仲良さそうに見えたのでいいパートナーだなって勝手に想像しちゃったんですよ。まさかのオフィスラブかと。あくまでも仕事できているということですよね」「さすが想像力が豊かですね。もちろん仕事できているだけです」社会人としての大人の笑顔を二人とも作っている。そこに池村マネージャーがやってきて、迎えの車が到着する。「今日は本当にお世話になりました」大くんは、見送っているスタッフたちに頭を下げてから車の中に乗り込んだ。最後の最後まで印象がいい。「午前中は空いておりますので、なにかあれば」池村マネージャーは言葉を残し、二人を乗せた車は去って行った。明日、お見送りをして終わりだ。それで、すべて終わり。あとはコマーシャルが完成するのを待つだけ。再開してしまい動揺しなかったといえば嘘になるが、目の当たりにして別世界の人だと思えた。やっと過去の自分から解放されてきたような感じがする。これからは私も新しい恋愛ができるかもしれない。「さーて。俺らも国際通りで飯食うか」「はい」国際通りを歩くと観光客がいたりして、賑わっている。観光だったらよかったなと今になってやっと思えた。杉野マネージャーと居酒屋に入って、軽く食事をする。「仕事だとはいえ、初瀬と二人きりでこうやって食事してるとテンション上がるな」「そ、そうですか?」「俺が隣にいてもドキドキしないの?」「へ?」
赤坂side「話って何?」俺は、結婚の許可を取るために、大澤社長と二人で完全個室制の居酒屋に来ていた。大澤社長が不思議そうな表情をして俺のことを見ている。COLORは一定のファンは獲得しているが、大樹が結婚したことで離れてしまった人々もいる。人気商売だから仕方がないことではあるが、俺は一人の人間としてあいつに幸せになってもらいたいと思った。それは俺も黒柳も同じこと。愛する人ができたら結婚したいと思うのは普通のことなのだ。しかし立て続けに言われてしまえば社長は頭を抱えてしまうかもしれない。でもいつまでも逃げてるわけにはいかないので俺は勇気を出して口を開いた。「……結婚したいと思っているんだ」「え?」「もう……今すぐにでも結婚したい」唐突に言うと大澤社長は困ったような表情をした。ビールを一口呑んで気持ちを落ち着かせているようにも見える。「大樹が結婚したばかりなのよ。全員が結婚してしまったらアイドルなんて続けていけないと思う」「わかってる」だからといっていつまでも久実を待たせておくわけにはいかないのだ。俺たちの仕事は応援してくれるファンがいて成り立つものであるけれど、何を差し置いても一人の女性を愛していきたいと思ってしまった。「解散したとするじゃない? そうしたらあなたたちはどうやって食べていくの? 好きな女性を守るためには仕事をしていかなきゃいけないのよ」「……」社長の言う通りだ。かなりの貯金はあるが、仕事は続けていかなければならない。俺に仕事がなければ久実の両親も心配するだろう。
司会は事務所のアナウンス部所属の方のようだ。明るい声で話し方が柔らかいいい感じの司会だ。美羽さんと紫藤さんがゆっくりと入場してきた。真っ白なふわふわのレースのウエディングドレスを着た美羽さんはとても可愛らしい。髪の毛も綺麗に結われていて、頭には小さなティアラが乗っかっている。二人は本当に幸せそうに輝いている笑顔を浮かべていた。きっと過去に辛いことがあって乗り越えてきたから今はこうしてあるのだろう。二人が新郎新婦の席に到着すると、紫藤さんが挨拶をした。「皆さんお集まりくださりありがとうございます。本当に仲のいい人しか呼んでいません。気軽な気持ちで食事をして行ってください」結婚パーティーではプロのアーティストだったり、芸人さんがお笑いネタをやってくれたりととても面白かった。自由時間になると、美羽さんが近づいてきてくれる。「久実ちゃん、今日は来てくれてありがとう」「ウエディングドレスとても似合っています」「ありがとう。また今度ゆっくり遊びに来てね」「はい! お腹大事にしてください」「ええ、ありがとう」美羽さんのお腹の赤ちゃんは順調に育っているようだ。早く赤ちゃんが生まれてくるといいなと願っている。美羽さんと紫藤さんは辛い思いをたくさんしてきたらしいので、心から幸せになってほしいと思っていた。アルコールを楽しんでいる赤坂さんに目を向ける。事務所が私との結婚を許してくれたらいいな。でも、たくさんファンがいるだろうから、悲しませてしまわないだろうかと考えてしまう。落ち込んでしまうけど、希望を捨ててはいけない。必ず大好きな人と幸せになりたいと心から願っている。そして今まで支えてくれたファンの方たちにも何か恩返しができればと思っていた。私が直接何かをすることはできないけれど陰ながら応援していきたい。
◆今日は美羽さんと、紫藤さんの結婚パーティーだ。レストランを借り切って親しい人だけを選んでパーティーをするらしく、そこに私を呼んでくれたのだ。ほとんど会ったことがないのにいつも優しくしてくれる美羽さん。忙しいのにメッセージを送るといつも暖かく返事をしてくれる。そんな彼女の大切な日に呼んでもらえたのが嬉しくてたまらなかった。私は薄い水色のドレスを着てレストランへと向かった。会場に到着して席に座ると、私の隣に赤坂さんが座った。「おう」「……こ、こんにちは」「なんでそんなに他人行儀なの?」ムッとした表情をされる。赤坂さんと結婚の約束をしたなんて信じられなくて、今でも夢かと思ってしまう。「なんだか……私たちも婚約しているなんて信じられなくて」「残念ながら本当だ」「残念なんかじゃないよ。すごく嬉しい」赤坂さんはにっこりと笑ってくれた。そしてテーブルの下で手をぎゅっと握ってくれる。誰かに見られたらどうしようと思いながらドキドキしつつも嬉しくて泣きそうだった。「少し待たせてしまうかもしれないけど俺たちももう少しだから頑張ろうな」「うん」大好きな気持ちが胸の中でどんどんと膨らんでいく。こんなに好きになっても大丈夫なのだろうか。小さな声で会話をしていると会場が暗くなった。そしてバイオリンの音楽が響いた。『新郎新婦の入場です』
「病弱でいつまで生きられるかわからなくて。私たち夫婦のかけがえのない娘だった。その娘を真剣に愛してくれる男性に出会えたのだから、光栄なことはだと思うわ」お母さんの言葉をお父さんは噛みしめるように聞いていた。そして座り直して真っ直ぐ赤坂さんを見つめた。「赤坂さん。うちの娘を幸せにしてやってください」私のためにお父さんが頭を深く深く下げてくれた。赤坂さんも背筋を正して頭を下げる。「わかりました。絶対に幸せにします」結婚を認めてくれたことが嬉しくて、私は耐えきれなくて涙があふれてくる。赤坂さんがそっとハンカチを手渡してくれた。「これから事務所の許可を得ます。その後に結婚ということになるので、今すぐには難しいかもしれませんが、見守ってくだされば幸いです」赤坂さんはこれから大変になっていく。私も同じ気持ちで彼を支えていかなければ。「わかりました。何かと大変だと思いますが私たちはあなたたちを応援します」お母さんがはっきりした口調で言ってくれた。「ありがとうございます」「さ、お茶でも飲んでゆっくりしててください。今日はお仕事ないんですか?」「はい」私も赤坂さんも安心して心から笑顔になることができた。家族になるために頑張ろう。
「突然押しかけてしまって本当に申し訳ありません」赤坂さんが頭を下げると、お父さんは不機嫌そうに腕を組んだ。赤坂さんは私の命を救ってくれた本当の恩人だ。お父さんもそれはわかっているけれど、どうしても芸能人との結婚は許せないのだろう。赤坂さんが私のことを本気で愛してくれているのは、伝わってきている。私の隣で緊張しておかしくなってしまいそうな雰囲気が伝わってきた。「お父さん、お母さん」真剣な声音で赤坂さんはお父さんとお母さんのことを呼ぶ。お父さんとお母さんは赤坂さんのことを真剣に見つめる。「お父さん、お母さん。お嬢さんと結婚させてください」はっきりとした口調で言う姿が凛々しくてかっこいい。まるでドラマのワンシーンを見ているかのようだった。「お願い、赤坂さんと結婚させて」「芸能人と結婚したって大変な思いをするに決まっている。今は一時的に感情が盛り上がっているだけだ」部屋の空気が悪くなると、お母さんがそっと口を開いた。「そうかしら。赤坂さんはずっと久実のことを支えてくれていたわ。こんなにも長い間一緒にいてくれる人っていない。芸能人という特別な立場なのに、本当に愛してくれているのだと感じるの。だから……お母さんは結婚に賛成したい」お母さんの言葉にお父さんはハッとしている。私と赤坂さんも驚いて目を丸くした。お母さんはお父さんの背中をそっと撫でる。「あなたが久実のことを本当に大事に思っているのは一番わかるわ。可愛くて仕方がないのよね」「……あぁ」父親の心が伝わり泣きそうになる。
慌ててインターホンの画面を覗くと、宅急便だった。はぁ、びっくりさせないでほしい。ほっとしているが、残念な感情が込み上げてくる。どこかで赤坂さんに来てほしいという気持ちもあるのかもしれない。ちょっとだけ、寂しいなと思ってしまう。私は赤坂さんと結婚するのは夢のまた夢なのだろうか。お母さんが言っていたように二番目に好きな人と結婚しろと言われても、二番目に好きな人なんてできないと思う。ぼんやりと考えているとふたたびチャイムが鳴った。お母さんがインターホンのモニターを覗くと固まっている。その様子からして私は今度こそ本当に本当なのではないかと思った。「……あなた。赤坂さんがいらしたんだけど」「なんだって」部屋の空気が一気に変わった。私は一気に緊張してしまい、唇が乾いていく。赤坂さんが本当に日曜日に襲撃してくるなんて思ってもいなかった。冗談だと思っていたのに、来てくれるなんてそれだけ本気で考えてくれているのかもしれない。「久実、お父さんとお母さんのことを騙そうとしていたのか」「違うの。赤坂さんお部屋に入れてあげて。パパラッチに撮られたら大変なことになってしまうから」お父さんとお母さんは仕方がないと言った表情をすると、オートロックを解除した。数分後赤坂さんが部屋の中に入ってくる。今日はスーツを着ていつもと雰囲気が違っている。手土産なんか持ってきちゃったりして、芸能人という感じがしない。松葉杖を使わなくても歩けるようになったようだ。テーブルを挟んでお父さんとお母さん向かい側に私と赤坂さんが並んで座った。
家に戻り、落ち着いたところで携帯を見るが久実からの連絡はない。もしかしたら、両親に会える許可が取れたかと期待をしていたが、そう簡単にはいかなさそうだ。久実を大事に育ててきたからこそ、認めたくない気持ちもわかる。俺は安定しない仕事だし。でも、俺も諦められたい。絶対に久実と結婚したい。日曜日、怖くて不安だったが挨拶に行こうと決意を深くしたのだった。久実side日曜日になった。朝から、赤坂さんが来ないかと内心ドキドキしている。今日に限って、お父さんもお母さんも家にいるのだ。万が一来たらどうしよう。いや、まさか来ないよね。……いやいや、赤坂さんならありえる。私は顔は冷静だが心の中は忙しなかった。もし来たら修羅場になりそう。想像すると恐ろしくなって両親を出かけさせようと考える。お父さんは新聞を広げてくつろいでいる。「お父さん、どこか、行かないの?」「なんでだ」「い、いや、別に……アハハハ」笑ってごまかすが、怪しまれている。大丈夫だよね。赤坂さんが来るはずない。忙しそうだし、いつものジョークだろう。でも、ちゃんとお父さんに会ってもらわないと。赤坂さんと、ずっと、一緒にいたい。ランチを終えて食器を台所に片付けに行くと、チャイムが鳴った。も、もしかして。本当に来ちゃったの?
久実を愛しすぎて、彼女のウエディングドレス姿ばかり、想像する日々だ。世界一似合うと思う。純白もいいし、カラードレスも作りたい。もちろん結婚がゴールではないし結婚後の生活が大事になってくる。つらいことも楽しいことも人生には色々あると思うが彼女となら絶対に乗り越えて行ける自信があった。ただ……俺も黒柳も結婚をすると、COLORは解散する運命かもしれない。三人とも既婚者のアイドルなんてありえないよな。大事なCOLORだ。ずっと三人でやってきた。大樹だけ結婚をして幸せに過ごしているなんて不公平だと思う。あいつが辛い思いをしてきて今があるというのは十分に理解しているから、祝福はしているが、俺だって愛する人と幸せになりたい。グループの中で一人だけが結婚するというのはどうしても腑に落ちなかった。だから近いうちに事務所の社長には結婚したいということを伝えるつもりでいる。でもそうなるとやっぱり解散という文字が頭の中を支配していた。解散をしても、俺は久実を養う責任がある。仕事がなくなってしまったら俺は久実を守り抜くことができるのだろうか。不安もあるが、久実がそばにいてくれたら、どんな困難も乗り越えられると信じていたし、絶対に守っていくという決意もしている。
赤坂side音楽番組の収録を終えた。楽屋に戻ると、大樹は美羽さんに連絡をしている。「終わったよ。これから帰るから。体調はどうだ?」堂々と好きな人とやり取りできるのが、羨ましい。俺は、久美の親に結婚を反対されているっつーのに。腹立つ。会うことすら許してもらえない。大きなため息が出てしまう。私服に着替えながらも、久実のことを考える。久実を幸せにできる男は、俺だけだ。というか、どんなことがあっても離さない。俺は久美がいないと……もう、生きていけない。心から愛している。どんな若くて綺麗なアイドルなんかよりも、世界一、久実が好きだ。どうして、久実のご両親はこんなにも反対するのか。俺に大切な娘を預けるのは心もとないのだろうか。なんとしても、久実との交際や結婚を認めてほしい。一生、久実と生きていきたいと思っている。俺のこの真剣な気持ちが伝わればいいのに……。日曜日に実家まで押しかけるつもりでいた。 強制的に動かなければいけない時期に差し掛かってきている。 苛立ちを流し込むように、ペットボトルの水を一気飲みした。「ご機嫌斜め?」黒柳が顔を覗き込んでくる。「別に!」「スマイルだよ。笑わないと福は訪れないよ」「わかってる」クスクス笑って、黒柳は楽屋を出て行く。俺も帰ろう。「お疲れ」楽屋を出てエレベーターに乗る。セキュリティを超えて ドアを出るとタクシーで帰る。一人の女性をこんなにも愛してしまうなんて予想していなかった。自分の人生の物の見方や思考を変えてくれたのは、間違いなく久実だ。きっと彼女に出会っていなければ、ろくでもない人生を送っていたに違いない。